僕たちはみな電気羊

 しばしばそれらしき片鱗を見せているかもしれないが、ぼくはロボットが好きだ。フィクションにおける、人間に比肩するような知性をもったアンドロイドたちも好きだし、現実世界で働く武骨な機械たちも好きだ。言ってしまえば人間より好き。機械工学とか人工知能研究とかの道に進めばよかったと残念に思うところであるが、10代の頃は興味がなかったらしい。今思えば小学生時代『動物のお医者さん』にこってり感銘をうけたくせに実際進路選択の段になるとテキトーなことしか考えていなかったあたり、どのみち何者にもなれはしなかっただろう。まあぼくの話はいい。

 機械が意識や心を持つか?という命題はSFの原初から語りつくされていて、ぼくごときがごちゃごちゃ言うのもおこがましいので、ここでは創作でのそういう意識を持つ機械の、何が可愛いのかという話をしたい。いや、まあ意識がない機械も可愛いのだが。
 独断と偏見で選ぶ可愛いアンドロイド筆頭はなんといってもやはりスタジオ六花制作のアニメ『イヴの時間』に登場するサミィであろう。未見の方は是非DVDレンタルでもしてほしい。全6話およそ1時間半(レンタル1枚で済む)と非常にお手頃となっております。ストーリーは言わずもがな、音楽や演出の手法も凝っており、そのへんの萌えアニメとは一線を画す“アニメーション作品”であると自信を持ってお勧めできます。(ダイレクトマーケティング)
 このサミィちゃん、作中では基本的にロボットが人間らしい感情を持つことはないとされているため、普段は無機質なTHE機械という感じなのだが、特定の条件下(詳しくは本編を観てね)で彼ら彼女らのAIが持つ豊かな感情が発露される。これがまた健気でいじらしくて可愛いのだ。外見が美人のお姉さん風なのでともすればよくある美少女恋愛アニメ臭くなりそうなのだが、平時のサミィの機械っぽさが、その生臭い感じを中和してくれる。一応アンドロイドとの恋みたいなテーマの回もあるにはあるが、作中世界ではそれは基本的におかしいことだとされているし、性的な使途のアンドロイドも非合法であるという描写が見られる。まあそういう中で禁断の恋、みたいな話も作れるかもしれないが、(おそらく)安易にそういうメロドラマにしないところがこのアニメの好きな理由の一つだ。
 そんなロボットをモノとして扱う社会の中で、主人公の少年はなんやかんやありつつもロボットに対する親愛の情みたいなものを獲得していく。そもそも元からロボットに親愛の情を持つ視聴者であるところのぼくとしては、その様子が大変興味深く愛おしい。

 独断と偏見で選ぶ可愛いアンドロイド筆頭その二は、沼駿の読み切り漫画作品『モロモノの事情』に登場するヒロイン、モノ-1である。F-1かよ。こちらは現在週刊少年ジャンプにて絶賛連載中の『左門くんはサモナー』単行本1巻及び2巻の巻末付録として読むことができる。1巻に収録されているのは読み切り版、2巻に収録されているのは同読み切り版を短期連載用に描き直した3話構成版である。同じ話のように見えて、描かれる世界は正反対となっているところに新人ならぬ実力を垣間見ることができ、自信を持ってお勧めできます。(ダイマ)
 こちらも世界設定は似たような感じのロボットが生活に溶け込んでいる社会で、生まれたて最新型美少女?ロボのモノちゃんが様々なことを学習して成長していくお話である。1巻収録の読み切り版は『イヴの時間』に近く、普通の人間はロボットを物として扱う世界で、主人公だけが対等なパートナーとして扱おうとするために苦しんだりいろいろあったりする。「ロボットは玩具でも奴隷でもねえぞ」というセリフが印象的だ。そもそも元からロボットに親愛の情を持つ読者であるところのぼくとしては、その様子にやはり共感しOSせずにはいられない。Windowsじゃねえよ。応援せずにはいられない。
 一方2巻収録の3話短期連載版は、話の大筋は同じでありながら、普通の人間たちも多くはロボットを一個の人格として尊重している。作者の言葉を借りれば「優しい世界」なのだ。こちらでは主人公とモノちゃんの絆により焦点があてられる。ライトで楽しく、モノちゃんの可愛らしさが余すところなく堪能できる世界に、ぼくも思わずマッコリである。泡盛じゃねえよ。にっこりである。
 ちなみに蛇足だが、この『左門くんはサモナー』は悪魔を召喚する召喚士が主人公の天使と悪魔系ギャグ漫画で、「知性を持つ人ならざるモノ」という意味では、アンドロイドのお話と通ずるところがあると言えなくもない。単行本第3巻まで好評発売中です。(ダイマ)

 まあ、サミィもモノちゃんも外見は普通に可愛らしい女の子であるから、他の女の子可愛い系アニメと何が違うのかと思われるかもしれない。違うとすればモノちゃんはモノアイだという点ぐらいだが。(大いに違う)
 これは単純にぼくの個人的な嗜好の話になるのだが、上に書いたように人間の生臭さみたいなのがちょっと苦手なので、相手がロボットの方が安心できる気がするのだ。別に恋愛したいわけではないし。現実の人間を相手にする時でも、思考や感情は電気信号やら化学反応の結果だと考えている節がぼくにはあり、その考え方の是非はともかく、ロボットは確実にその通りである。ぼくにとって「心のある機械」とはこういう価値観を肯定してくれる、そんな存在だから愛おしいのかもしれない。

 「人間の感情なんて脳内物質やら何やらの化学反応だよ」とか言うと、なんて冷血漢だみたいな扱いを受けそうな気がするが、誤解である。電気信号や化学反応によって発生する心がまやかしだとは全く思わない。それなら、ロボットの心も偽物だということになってしまう。ぼくは、ロボットの心が本物であってほしい。人間の心は良くわからないスピリチュアルパワーだから本物で機械の心は電気だから偽物、なんて随分傲慢だとは思わないだろうか。
 今現在、人間に匹敵するような高度な情緒を持ったAIは生まれていないかもしれない。しかし願わくはぼくが生きているうちに、見た目が美少女とは言わずとも、中身はサミィやモノちゃんみたいなロボットが誕生していてほしいと切に思う。ムーアの法則もっとがんばれ。

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